「久々に霊が通ったね」
放課後に弾んだ声で、珠子が声をかけてきた。霊とは多分あの事だろう。
「さっきの自習の時?」
「そうそう。あの沈黙、おかしいったらないね」
少なくとも私は、高校生になるまでの学校生活の中で、自習時間に騒がなかったクラスというのは見た事がない。大抵のクラスは五分と持たず、沈黙が破られるのが常だった。
そしてごく稀に、大騒ぎの最中、途端に音が止む事がある。
まるで台風の目に入ったかのように、それまでのお喋りがシン・・・と止むのだ。
その静寂はほんの一時の事で、沈黙に堪え切れない誰かの笑い声でパッと拡散してしまう。
それから誰かが笑いながら、こう言うのだ。
――今、霊が通ったね、と。
「ほんと、誰が言い出したんだか、霊なんて」
「そりゃあもちろん、霊能学生さ」
呆れる私に、珠子は屈託なく笑った。
間違いなくそれが切っ掛けだろう。その日の入浴は久しぶりに落ち着かなかった。
湯船から出て椅子に腰掛け、洗面器にお湯を汲んでからシャンプーを泡立てる。
そしていざ目を瞑ると・・・急に恐怖心が湧いて出てきた。
後ろに誰かいるような違和感。後頭部が総毛立つ。
浴室ではない家のどこかで、みしりと大きな家鳴りが聞こえる。
小さく開けていた窓がガタッと揺れ、六月の湿気た風が背中を撫でていった。
(ああもう・・・高校生なのに・・・)
目を閉じているだけで、あらゆる物から恐怖を感じ取ってしまう。
当然頭の中では、放課後の霊の話を思い起こしていた。
(怖い話をすると霊が寄って来るって言うし)
そんな事を考えてしまうものだから、ますます後ろが気になってしまうのだ。
今、まさに、何かが立って手を伸ばして来るのではないか?
私は少々手荒に髪を洗い終えると、手探りで洗面器のお湯を頭にぶちまけた。
顔に張り付く前髪を手で掻き分け、勢いよく振り向く。
もちろん、後ろにはシャンプーの泡以外、何もなかった。
だが流れ残ったその泡は奇妙な楕円を形作っていて、それが私には人の足跡に見えて仕方がなかった。
(いつもなら、振り向いた途端に安心できるもんなのに・・・)
それから私は、シャワーでその足跡を洗い流すと、後ろをチラチラ窺いながら髪を濯いだのだった。
珠子には少し尾ひれをつけて話してやろう。恐怖を紛らすために、そんな事を考えながら。