根岸梅太と前園萌々花は、大学に通うためにこの街に越してきて、まだ間がない。新しい土地の風景は新鮮で、二人は特に夜の散歩を好んだ。
昼間もそれなりに活動はしている。通学、バイトとなかなかに忙しい。それだけに通る道はあらかじめ決まってしまい、散策を楽しむ余裕も無い。
彼らにとっての夜の散歩は、好奇心を満たし、同時に町を知ることのできる有意義なものだった。
それは時に萌々花から、意外な行動を引き出す事もある。
「よし、チャンス」
午後十時過ぎ。殆ど車の通らなくなった県道沿いを歩いていた時だった。
萌々花は突然、道の真ん中に仰向けに寝転んでしまった。
この日二人は酒を飲んでいない。素面だった。
「いきなり何やってんだお前は・・・!?」
梅太は慌てて周囲を確認するが、道の前後には車どころか人影も無く、左右は遠くまで田圃が続いているばかり。なるほどこれがチャンスかと、彼は思わず納得をしてしまった。
「やってみたかったんだ。車の多い道路に寝転ぶの」
六月半ばの深夜、既に冷たくなっているアスファルトを背中で堪能し、萌々花は背中が震えるように錯覚した。昼間行き交っていた車の震動が残っているのではないか? そう考えると全身がぞわりとする。
萌々花は梅太を手招きしたが、彼は一緒に寝ることはしなかった。常識というものが頭を掠めたせいもあるが、何より心配したのは、二人して寝てしまうと車に気がつくのが遅れやしまいかという点だった。
「・・・後で交代してくれ」
梅太の返事に萌々花は口を尖らせ、梅太自身は自分に呆れて苦笑した。
夜の散歩はほぼ萌々花のペースで進む。くるくる動く彼女が、梅太には愛おしかった。