「で、何か無いの?」
アパートでの夕食後、ご飯茶碗に注いだお茶を飲み干した萌々花が楽しげに声を上げた。
「自分から催促するかね・・・ほら」
応えた梅太は、テーブルの下に隠していた小箱を手渡す。
「お、ありがとう」
梅太が適当に破かれるだろうと思っていた包装紙は、意外にも丁寧に開封されていく。彼は少し驚いた。
やがて綺麗に畳まれた包装紙を横に、萌々花はゆっくりと箱の蓋を開いて小さなイヤリングを取り出す。
「おお、初めての実用的なプレゼントかも・・・」
「これまでのも十分実用的だったろ。腹に収まって血肉になった」
「誇れるようなもんじゃないでしょ。まあ、とにかく・・・ありがとう」
少しはにかんでみせながら萌々花は、真新しいイヤリングをつけ始めた。梅太は少し気恥ずかしいのか、冷蔵庫の扉を開いて500mlの缶ビールを取り出した。
「うん。成人おめでとう」
ビールを手渡した時の萌々花の瞳の輝きは、イヤリングを渡した時とはまた別ものだった。イヤリングが意外な驚きなら、ビールは憧れと期待といったところか。
「よし、行こうか梅太」
萌々花は返事も待たずにすっくと立ち上がって薄手のパーカーを羽織り、やっぱり行くんだなと、梅太は少し呆れて苦笑した。
外は既にとっぷりと日が暮れていて、人通りは既に無かった。
梅太と萌々花、二人が住んでいた村に比べると大きな町ではあるが、娯楽施設などは皆無に等しい。明かりが灯るのは小さな飲み屋くらいのものである。萌々花にとってはそれが好都合であった。
薄い街灯に照らされた夜道に立ち止まり、
「せーの」
パキンと音を被せ、二人してビールを開けた。
「じゃ、乾杯」
缶を軽く掲げて、萌々花が一口。
「カーッ 苦っ!」
そう言って彼女はケラケラと笑いだした。
「あんまり騒ぐなよ不良成人」
梅太がやんわりとそれを嗜める。周りが静かすぎるだけに気になってしまったのだろう。
「あ、ごめん。何かおいしくて、嬉しくて」
「酒飲みながら夜道の散歩か・・・何の影響だったっけ?」
「漫画だよ。作者がビール飲みながら飼い猫と散歩するの」
「なるほど。俺は猫か」
一口毎にうんうん唸る萌々花を見守りつつ、梅太は歩を進める。まばらな家並みを抜けて川沿いの寂れた公園に着く頃には、二人の顔は赤く染まっていた。
「ぷふー」
息を吐きながら萌々花はドスンとベンチに座り込んだ。ビールの缶は既に空になっている。
「酒飲むの初めてだろうに。大丈夫か?」
「うーん、いい気分だよ。平気平気」
ベンチの脇のゴミ籠に空き缶を投げ入れ、二人は夜空を見上げる。育った村とは比べるべくもないが、星が空を覆っていた。
「あ、でも・・・」
萌々花が人差し指で、ポリポリと頬を掻く。
「ビールに夢中で、風景そんなに見てなかったよ・・・」
「漫画家さんには程遠いな」
呆れた笑いを交えながら、梅太は彼女の短い癖っ毛をクシャクシャ撫でまわした。
「次こそは、だな。ビールじゃなくて発泡酒で挑戦だ」
萌々花はしかめっ面で髪を直しながら、ブーブーと抗議の声を上げる。
「イヤリング買ったから金がないんだよ。元から無いけど」
「む・・・ありがとう」
俯いてイヤリングに手をやる萌々花。直されたばかりの髪をまた、梅太の手がもみくちゃにした。
萌々花には彼の照れ隠しが、嬉しかった