鼻血といったら、滴り落ちるようなイメージしか持っていなかった。でも目の前の相手を正面から打ち抜いた時、鮮血がバッと飛散した。

 赤い滴を振り撒きながら仰向けに倒れる彼女を、私は半ば放心しながら眺めていた。

 すぐにレフェリーが私をコーナーへ追いやり、カウントを進める。その間私は、右手のグローブに付着した、彼女の鼻血をぼうっと見ていた。

 赤いグローブに赤黒い輝き。じっとりしたその痕跡は、私の頭に血を上らせた。

 途端に会場が湧いた。

 グローブに気を取られていた私は、ようやく彼女が立ち上がっている事に気がついた。その鼻からは、血が滴り続けていた。

 レフェリーが試合を再開させると、興奮がピークに達していたのだろうか。私は自然と、弾かれるように駆け出すと、がむしゃらにラッシュを仕掛けた。

 ガードをパンチで揺さぶるだけで、どこかに赤い斑点ができる。希にガードを抜けてパンチが当たると、観客席から悲鳴が飛んだ。

 私は始めて暴力に酔いしれてしまった。

 最後のパンチが何だったのかはわからない。突如相手が崩れ落ちたので、追いかけなきゃいけないと思った。そこをレフェリーに止められた。

 視界の端には白いタオルが落ちていた。ようやく耳に、ゴングが届いた。

 レフェリーはリングドクターを呼んでいる。眼前には、横向きに倒れこんだ彼女が一人。虚ろな目で、顔は鼻を中心にして赤く染まっている。

 私は訳の分からない身震いに襲われ、セコンドに抱かれるまでそこに立ち尽くしていた。