夜道を歩きながら、浮かれきった私の頭は、過去の記憶を不規則に思い起こしていた。
ジムの会長には渋い顔をされた。スパー相手の男子には笑われた。家族にはボクシングを止めるよう、必死になって説得された。
私を、私のボクシングを応援してくれたのは、春沢つぐみさんだけだった。
胸の奥から震えが来る。高揚して顔が熱い。
応援とは、こんなにもありがたいものだったのだ。
身体的な疲労が癒えた頃、いつもの男子、小暮さんにスパーの相手をお願いした。
春沢さんとコーヒーを飲んだ夜から、気が急いて仕方がなかったのだ。
結果はというと、いつもの通り大敗だった。
1ラウンド目は距離を取られていいように捌かれ、2ラウンド目になると一転、距離を詰められてボコボコにされてしまった。
とにかくパンチが重いものだから、一発きれいにもらってしまうともういけない。
ショートアッパーで目に火花が飛び散り、追撃で押し込まれると背中にロープが当たっていた。後は蜂の巣だ。
倒れる事こそ堪えたものの、レフリーの判断でスパーは中止。今はベンチに寝そべり、頭に氷嚢を当てている。
ちょっと先走り過ぎたかな──
気の持ちようで強くなれるのなら苦労は無い。舞い上がっていた自分を戒めるようなスパーの内容だった。
不意に人の気配がした。打たれた顔が痛くて動くのも億劫だったが、氷嚢を持ち上げて顔を横に向けた。
「ああ、起きなくていい」
そこにいたのは、先程スパーの相手をしてくれた小暮さんだった。
「そんなに実感ないだろうけど、さっきのスパーよかったぞ。以前ならラッシュ前のアッパーで終わってる」
「・・・?」
「プロデビューして意識が変わったのかもな」
手も足も出なかった私が何故か褒められている。少し、混乱した。
「小動物から小型犬くらいにはなってきたな。これからも頑張れよ」
言うだけ言うと、小暮さんはさっさと何処かへ行ってしまった。
照れくさいのか恥ずかしいのか。私は熱がぶり返した頭に、氷をギュッと押し付けた。