「えっ・・・ええっ!?」
一応座ったままではあったが、すずめは上半身全体を使って力一杯慌てふためいた。 何を形容しようとしているのか両手をあちこちに振りながら、どうしようどうしようと口走っている。
半分パニックなのは私も同じで、告白の気恥ずかしさ、再噴出した鼻血への焦り、そして――信じたくないけど少しの打算。そういったものに突き動かされながら私は、彼女に抱きついていた。
すずめは途端に動きを止め、脱力しきっていた。しかし、その体のなんて熱いことだろう。ドクドクと蠢く、心臓そのものを抱いているかのようだ。早く鼻血の処置を済まさなければいけないのに、すっかり幸福に満たされた私は、ますます強く腕に力を込めてしまっていた。
「・・・でもっ」
振り絞るような声がした。
「でも駄目なんです。こんなんじゃ、つぐみさんと闘えなくなっちゃう・・・」
私は腕を解きすずめから体を離すと、脱脂綿を手に取った。すずめの真っ赤な顔に手を添えて目を合わせると、凄く困った、潤んだ瞳でこちらを見ている。
私は泣きそうな、でも笑っていて、多分そんな顔で処置を始めた。
分かってはいたのだ。目標としてくれている私から、本気を出せないと告げられる。それがどれほど酷い仕打ちか。ただ、自分の気持ちを吐き出さなかったら、全てが駄目になっていたんじゃないかとも思う。
(この人は自分に手を抜いているんじゃないか?)
そう思われるのは、嫌だ。ただ、次の言葉が見つからなかった。
鼻の処置はすぐに終わった。語る事も無く項垂れる私の手が、不意に強く握られる。
「つぐみさん。ボクシング止めようなんて思ってませんよね?」
「え、いや・・・」
そこまでは考えていない筈だった。なのに、何故か断言ができない。
口ごもる私に、すずめは手の力を一層強める。
「駄目なら、駄目なら慣れればいいんです。殴り慣れてください」
胸がズキンと痛んだ。すずめの本気の声。
「私ももっと強くなりますから。殴られてもへっちゃらで、心配ないくらい。だからっ・・・もっと殴ればいいんですよ・・・私を・・・」
流れ出る涙を拭おうともせず、すずめは私の手が痛くなるほどに力を込めた。
彼女が答えを出してくれた事で、私の緊張の糸もぷつりと切れた。スパー直後にも泣いて泣いて枯れた筈なのに、大量の涙が溢れ出して来る。
「すずめさん、またスパーしてください」
「はい」
「何度も何度もしてください」
「はい」
「いつか試合してください」
「はい」
「・・・今度デートしてください」
「・・・はい」