すずめとのスパーの話は裏でこっそりと進めた。それは、とても人に見せられる内容になるとは到底思えなかったからだ。
協力者はたった二人。当のすずめと、すずめの先輩である男子ボクサーの小暮さん。
小暮さんにはすずめから話を通してもらった。最初は渋っていたそうだが、最終的にはレフェリーを務めてくれる事になったようだ。
すずめのジムにはリングが二つ設置されてあり、一つは普段使われていない地下にあるという。
「会長達が出払った後、そこでこっそりやっちゃいましょう」
楽しそうに計画を話すすずめは、終始朗らかだった。
「何かあればすぐに止めるから。長引くのもまずいんで2ラウンドだけ。いいね?」
リング下でタイマーをセットしながら、小暮さんが適当な説明をしている。既にコーナーで待機している私とすずめは「はい」と小さく答えた。
さっきから胸が異常なまでに高鳴っている。実戦でもここまで緊張したことなど一度もなかった。
もうすぐゴングが鳴り、すずめと打ち合う。それを考えただけで気が遠くなりそうだった。
対してすずめは真剣な面持ちで、じっとこちらを見据えている。
彼女はリングに上がる前に、これまでの成果を全て見せたいと話していた。本気で来るだろう。
やがて小暮さんがリングに上がり、私達を手招きする。少しの間を置いて、電子音のゴングが鳴った。
「ファイッ」
開始の合図と共にすずめが突っ込んでくる。初めて戦った時のような消極さは微塵もない。スムーズな動作で左右のワン、ツーを打ってきた。
ババンッ
当たる寸前でガードが間に合った。緊張はしていたものの、私の体は何とか動いてくれる。
ここで私は牽制のジャブを一発、ガードさせると同時に一気に間を詰めた。こうすれば今のすずめならパンチで迎え撃とうとするだろう。
案の定、すずめの右腕がガードを解いてこちらに向かってきた。私は歯を喰いしばってそれに備えると、強引なクロスカウンターを決行する。
ドンッという重い打撃音が重なった。
「っぷぁ」
僅かに打ち勝った。すずめの腰が落ち、ヨロヨロと後退した。明らかに追撃のチャンスだ。
でも私は動けなかった。
カウンターのダメージに加え、例え様のない胸の苦しさが、私の体を縛りつけていた。
すずめはすぐに体勢を整え、強気に接近してきた。その行為に、ボクサーとしての私の体が反応する。
頬を撃ち抜かれ、顎を突き上げ、幾つものパンチを交換した。
こんな乱打戦の時、私はいつも考える事を止めている。思考が体の邪魔をするからだ。
だが今回は、思考が体を突き動かした。
私のストレートですずめが鼻血を吹きだした時、私は彼女に体当たりするようにクリンチを仕掛けるとそのままロープ際まで押し込み、そこで止まった。
「ハァッ ハァッ ・・・つぐみさん?」
動きのない私にすずめが声をかける。
彼女の鼻から流れ出た血が私の肩に落ちるのを、シャツを通して肌で感じた。
涙が溢れ、私は声を上げてわんわん泣いた。