パアッと顔に飛沫がかかり、慌てて手で拭って確認する。

(よかった・・・血じゃない)

 私が安堵している間にも、リング上では打撃音が飛び交い続けていた。すずめと白木くいなにも、かわして打つだけの技量がないからだ。

 両者ともガードを固めてはいるが柔軟性が足りず、頻繁に顔面へのヒットを許していた。

 そして今、3ラウンド目には、出血していないのか気になる程の打ち合いが展開されていた。

 以前私と試合をした、消極的なすずめとは別人の様だった。打たれても下がらず、止まらない。積極的に間合いを詰めて打ち返していく。

 彼女の闘いぶりに私の心は昂ぶっていた。

「名取さん手を出し続けて!」

 試合を観戦していて声を出したのは、これが初めての経験だった。

 

 お互い譲ることのなかった試合は引き分けに終わった。

 私は弾かれたように席を立つと、すずめのコーナーへと向かって小走りに駆けていった。

 途中横目で、すずめとくいながグローブを重ね、充実した笑顔で言葉を交わしているのが見えた。

 本当に嬉しそうな笑顔。それなのに、何故か私の胸が針で刺されたように、チクンと痛んだ。

 やがてコーナーに帰ってきたすずめが、リング下から見上げる私に気づいた。

「春沢さん!」

 慌ててロープを潜り、バンテージを巻いた手で私の手を握りしめてきた。

「できました、私できたんです!!」

 感極まったのか、笑顔が次第にくしゃくしゃの泣き顔へと変わっていった。それに感応するように、私の心も熱くかき乱れていった。

 試合に勝利したわけでもないのに。

「おめでとう。名取さんおめでとう」

 恐らく上気した真っ赤な顔で、彼女を祝福する。

 呆れ気味に見ているすずめのセコンドの視線が、少し恥ずかしかった。

 

 

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