注文を取りに来たウェイトレスが息を呑んだのが分かった。

 顔を腫らした女が二人、喫茶店で向かい合っているのだ。何らかの事情を連想しても不思議ではない。

 私は俯いたままのすずめに代わり二杯のコーヒーを頼むと、改めて彼女に向き直った。カチコチに緊張し、硬く口を結んだその表情は、試合前のそれとよく似ていた。

(私、そんなに怖い顔してるかしら・・・)

 緊張しているのはこちらも同じなのに、どうにも損な気がする。

 やがて意を決したのか、すずめは私の目を見詰めた後に頭を下げた。

「春沢さん。試合を台無しにしてしまい、すいませんでした」

 そう言って申し訳なさそうに、チラリとこちらを窺った。

 その瞳が、リングでの一件を鮮明に思い起こさせた。ラッシュ前にお見合いをしてしまったあの事を、すずめは謝っているのだ。

 私は妙に慌ててその場を取り繕った。

「いや、あの、私こそごめん。試合なのに・・・」

 試合なのに殴れなくて。その言葉がすずめを傷つけそうな気がして、私は口をつぐんだ。

 気まずい沈黙の後、ようやく運ばれてきたコーヒーを少し口に含む。味はよくわからなかった。

「やっぱり私、格闘技に向いてないんでしょうか」

 手に持ったコーヒーカップを見詰めながら、すずめが呟くように言った。

「メンタル面の弱さは、ジムでも散々言われてきました。それでも本番ならきっと、そう考えていたんです。でも・・・」

 瞳を潤ませながら話すすずめを見て、私は頭に血が上っていくのを感じた。何に興奮しているのだろう、私は。

「えっと、私もデビュー戦は散々だったの。相手がその・・・すごく怖くて」

 しどろもどろな私を、すずめがキョトンとした顔で見詰めている。それが恥ずかしくて、私は口を止められなかった。

「あの、だから諦めないでほしい。私も頑張るから」

 あまりの陳腐さに顔から火が出そうだ。が、すずめは真剣な目で私を見てくれた。

「ありがとう春沢さん」

 それが嬉しかったんだと思う。

「次の試合、応援しに行くから」

 何も考えず、そんな約束を交わしていた。

 

 

戻る