「うおーい」

 珠子の呼ぶ声がする。振り返ると、久しぶりの制服に身を包んだ彼女が、こちらへ駆け寄ってくるところだった。

「おはよ、タマ」

 私は軽く片手を上げて呼びかけに応えた。

 夏休み明けの登校初日。日差しは強く、隣に立った珠子は既に汗だくだった。

「おはよ翠・・・あー、もう」

 珠子は汗が気になるようで、ぼやきながら手持ちのトートバッグの中身をまさぐり始めた。

(相変わらず忙しないな)

 呆れながらその動作を見守っていると、バッグの端に奇妙な物がぶら下がっているのに気がついた。

「・・・何?」

 ストラップのように紐で括り付けられていたそれは、直径5cmほどの、木製の歯車だった。

「さすが目ざといね」

 取り出したタオルで汗を拭きながら、珠子がニヤリと笑った。

「おじいちゃん家に行った時にもらったの。からくり人形の中身なんだよ」

 珠子が言うには、祖父が誤って棚から人形を落としてしまい、バラバラになったのだそうな。

 仕方がないので人形は寺で供養してもらい、形見という訳でもないが、遊びに来た孫の珠子に部品を一つ選ばせ、それを土産にしたのだという。

「それで選んだのがコレ?」

「そ。ちょっといいでしょ」

 自慢げに見せびらかす彼女に私は苦笑した。

「そうね、何ていうか・・・似合ってるよ」

 

 その翌日だった。

 登校時の待ち合わせ場所に行くと既に珠子が立っていて、沈んだ表情でこちらを見ていた。

「おはよタマ。どした?」

 近くに寄ると、顔が妙に青ざめているのがよく判った。

「・・・歯車、持ってかれちゃった」

「へ?」

 珠子は制服のポケットからハンカチを取り出すと、それを開いて私に差し出した。

 見ると、そこには一本の黒い痛んだ髪の毛。

「朝起きると歯車が無くなっててさ・・・結んでた紐と一緒に、これが落ちてた」

 強い日差しで流れた汗が、一辺に引っ込んだ気がした。

「ちょっとやめてよ・・・家族の誰かじゃないの?」

「うう・・・やっぱり翠も人形の仕業だと思ったのね」

 そう言われてハッとした。

「や、や、そんなホラー話じゃなくてね? きっとお母さんあたりが・・・」

 私が慌てて人形説を否定していると、珠子が自分の両耳を押さえて声を張り上げた。

「あー、もういいのもういいの。あの子も満足してるわよー!」

 彼女はそのままわーわー叫びながら、大股で学校へと歩き出した。

(・・・思ったよりこういう話に弱いのね)

 私も後を追って駆け出すと、引っ込んだ汗がまた浮かんでくるのだった。

 

戻る