年が明け、冬休みも残り少なくなった平日の午後。
特にする事も無く、私は珠子の部屋で暇を持て余していた。
「まあ、みかんでも食いねえ」
コタツの上には山盛りのみかん。テレビを見ながら二人して食べた。
ワイドショーがCMに入った時、新しいみかんを手にとって皮を剥くと、ふわりと幼少の記憶が浮かんできた。
「あのねー」
「ん?」
「私、みかんを食べる度に思い出す事があるの」
何だか口が止まらなくなった。
多分、幼稚園に入る前のこと。
その頃は男の子向けの玩具が大好きで、お気に入りは人型に変形する犬のロボットだった。
今みたいにコタツに入りながらカチャカチャ弄っていて、そしたらお母さんが山盛りのみかんを置いていった。
果物好きだったし、すぐ皮を剥いて二房くらい食べた。
不意に、犬のロボットにも食べさせたくなってしまった。
幼児だったから、思いついた事は即座に実行に移した。
犬の口を目一杯開いて、一房丸ごと押し込む。牙に引っ掛かったのか皮が弾けて、ロボットは汁まみれになってしまった。
私は慌てて洗面所へ駆け込み、ロボットを丸ごと水洗いした。その時、犬の口に挟まっていたはずのみかんが消えていたことに気がついた。
手洗い場の排水口には網が張ってあって、目は粗いが、みかんが通り抜ける程のスペースはなかった。
コタツまでの道を四つん這いになって調べてみたが、汁の跡が数滴ついていただけで、肝心の物は見つからない。
それから今日まで、みかんの行方は要としてしれないのだ。
一気に喋り終えて、私はみかんを二房、口に放り込んだ。
「なるほど。犬が飲み込んだわけか」
珠子が事も無げに言った。
「今では、犬を洗っている間に、お母さんがみかんを拾ったんじゃないかと思ってるんだ。本人は否定してるけど」
「しかしよく憶えてるもんだね、そんな昔のこと」
感心しているのか呆れているのか、よくわからない口調でそう言われた。
「全部が記憶の通りだとは限らないんだけどね。でも、どれだけ改編されても忘れない気はする」
にひひ。と、珠子はおどけて笑った。
「数年に一回くらい、私が記憶チェックしてあげるよ」
「・・・そりゃどーも」
私は手の中の最後のみかんを頬張った。