「おじゃましま〜す」
十二月の午後六時。既に日も落ち、私たちは薄暗い白井家の玄関で靴を脱いだ。これから珠子と夕食をとった後、期末テストの勉強をするのだ。
「どーぞどーぞ」
言いながら珠子は暗い板張りの廊下をすたすた歩いて行く。
「ち、ちょっと待って」
私は慌てて珠子の制服の裾をつまんでついて行った。こうも暗いと、先導がいないと何かにぶつかりそうだ。
おっかなびっくり歩きながら、私は以前からの疑問を口にした。
「タマっていつも廊下の電気つけないよね・・・」
「ん? ああ、ちょっとね」
「ちょっとって何よ」
「気になることがあるのよ」
珠子は自分の部屋の引き戸を開けると室内のスイッチをパチリ、電灯をつけた。
床の上に荷物を置くと二人して座り込み、私は話の続きを促した。
何年か前、多分冬のこと。
深夜にトイレに行きたくなった珠子は、明りをつけずに廊下を歩いた。
目は暗闇に慣れているし、物の場所も当然おぼえている。寝ぼけ眼をこすりながらスイスイ歩いた。
にゅむっ
そこで珠子は何かを踏んだ。
生温かく、弾力のある、足の裏全体で感じる餅のような触感。
「ひゃっ!?」
珠子は驚いて足を上げ目を凝らすが、そこには何もなかった。慌てて廊下の電気をつけて調べてみても、痕跡すらない。
珠子はトイレに行くことも忘れ、その場で呆然としたという。
それから今までに何度か踏んだが、目で見たことは一度もない。踏む時は決まって廊下が暗い時なのだそうな。
「いつかは正体を見てみたいからさ、廊下の電気はつけないようにしてるの」
「それ、私が踏んだらどうするのよ・・・」
「いいじゃない。害はないんだし」
そう言って珠子は、あははと笑った。