自覚こそなかったが、やっぱり私はボクシングを嘗めていたのだろうか。

 高校で部活を初めて一か月。そろそろ練習にも慣れてきたというのに、初めてのスパーに臨んでみるとまるで体が動かない。

 相手は同期の朋恵なのだが、見た所自分と似たり寄ったりの様だった。

 グローブが重いからガードは小刻みに震えているし、息が上がって肩は上下しっ放し。足はフットワークが止まってベタ足のまんまだ。

 それから何よりもその表情の辛そうなことときたら・・・何だか自分が虐めている様な錯覚すら覚える。多分表情も自分とどっこいの筈なのに。

「ほらほら、鈴子も朋恵もお見合いしない!」

 リング外から激が飛んだ。

 反射的に、といった感じで朋恵の左ジャブが飛んでくる。

 バシッ

 まともにもらってしまった。上げていた筈のガードは、いつの間にか胸元まで下がってしまっていたのだ。

 そこへさらに第二撃。

 ドンッという衝撃、視界が真っ赤に染まった。多分右ストレートが決まったのだろう。

 鼻の辺りから鋭い痛みが襲ってくる。涙が滲んで、座り込んで鼻を押さえたくもなった。

 だけど、ダウンするにはまだ足りない。

「むうっ!」

 思わず漏れた気合いの声と共に、右ストレートを朋恵に返す。力んだせいか目標からは逸れたものの額に命中し、何とか朋恵を押し戻した。そのまま勢いに乗って左フックで殴りつける。

 ビリッと左拳に手応えを感じた。私のグローブはしっかりと朋恵の顔面に食い込んだのだ。

(これで倒れて・・・)

 勝ちたいというよりも自分が楽になりたい一心で、私は懇願した。だが、

 ボグッ

 返答は右フックだった。

(うう・・・もうヤダ)

 頭と顔ががじんじん痺れて、このまま倒れてしまおうかと情けなく考えたが、すぐに思い直して足を踏ん張った。今にも泣き出しそうな朋恵の顔を見てしまったからだ。

 技術も体力も無く、渾身のパンチでもダウンすら奪えない。感じたのはそういった、どうしようもないお互いの弱さだった。

 私達は相手の為にこそ引けなくなった。つまりは共感してしまったのだ。

 

 一発、体ごとぶつける勢いで右ストレートを朋恵に叩きつけた。

 これまでにない大きな音が響き渡り、彼女は大きく後退してロープに身を沈めた。直後、その反動で返ってきた朋恵が右腕を振りかぶり――

 ベグッ

 体当たりのついでの様なパンチを左頬に叩きつけられた。

 私はマウスピースを吐き出しながら必死になって朋恵にしがみ付き、もつれ合いながらリングへと倒れ込む。

 カンカンカン!

 TKOなのか時間が過ぎたのか。ゴングの音が響く中、消え入りそうな声が、私に覆い被さる朋恵から聞こえてきた。

「強くなりたいね、鈴子ちゃん」

 うん、と、私も小さくそれに答えた。

 密着して顔も見えない朋恵の体が小さく震えていたので、また少し涙が滲んだ。

 

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